先日、第173回の日商簿記1級試験がありましたね。受験された皆様、本当にお疲れさまでした。
今回は、試験の簡単な講評と、今の試験制度が抱える課題、そしてこれからどうなっていくと嬉しいか、僕なりに感じたことを書いてみたいと思います。
第173回日商簿記1級の振り返り
まずは、今回の第173回試験でどんな問題が出たのか、簡単に振り返ってみます。
【商業簿記】
とても難易度の高い連結会計が出題されました。典型的な論点が少ない一方、実務的で応用的な内容が多かったため、その場で考えて解答を導き出す力が必要だったと感じます。単に解き方を暗記しているだけでは対応が難しく、連結会計の本質を理解しているかが問われる問題でした。そのような意味では、難問ではありますが、決して悪問ではないと思います。
【会計学】
理論問題として表示区分が出題されました。計算問題では、連結退職給付、税効果会計、固定資産の減損会計といった論点が取り上げられ、細かい部分まで正確に押さえられているかが得点の分かれ目になったように思います。
【工業簿記・原価計算】
標準原価計算、内部振替価格、サブスクリプション型の収益計算、顧客生涯価値(ライフタイムバリュー)の算定などが出題されていました。
▼
商業簿記がこれだけ難しいとなると、「配点調整は入るのか?」という点が気になりますが、僕は入らないと思っています。確かに非常に難しい問題ではありましたが、拾える箇所がそれなりにあり、かつ全体の分量は多くなかったため、粘り強く解き進めれば足切りを回避できる問題だったからです。
工原は標準的、もしくは比較的易しい問題でした。そのため、工原で点数を稼ぎつつ、商業簿記は足切りを回避するというのが、今回の試験で70点を超える条件だったと思います(ちなみに、商業簿記のインパクトが強いですが、会計学も決して簡単ではなかったため、むしろ会計学の出来が合否を分ける回だったかもしれません)。
今の試験制度に「うーん」と感じること
今回の試験問題をうけて、今の試験制度について「ちょっと問題点があるな」と感じたので、その点を書いておこうと思います。
その問題点とは、回によって「出題論点」と「難易度」にバラツキがありすぎるという点です。
日商簿記1級の試験範囲は、商業簿記だけでも連結、企業結合、収益認識、リースなど、本当に多岐にわたります。工業簿記・原価計算も同様に広大です。しかし、実際に出題されるのはその中からほんのいくつかの論点だけ。回によっては「まるで違う試験なのでは?」と感じてしまうくらい、内容にバラツキが生まれます。
また、難易度も同様です。今回は商業簿記が難しく工業簿記が簡単でしたが、回によっては難易度が逆の場合もあります。また、全体として非常に難易度が高い回もあれば、そうでない回もある。ここにも大きなバラツキが存在します。
この「出題論点」と「難易度」のバラツキがあることは、以下の2つの弊害を生み出していると思います。
1. 受験者のモチベーションに関する問題
出題論点にバラツキがあるため、今回のように決算の総合問題が全く出なかった場合、収益認識などに多くの時間を使った人は「勉強したことの大半が無駄だった…」と感じてしまっても無理はありません。これでは、勉強を続けるモチベーションを保つのが大変です。
また、試験に向けて死に物狂いで勉強してきたとしても、その回が「激ムズ」だった場合、心が折れてしまうと思います。
出題論点と難易度にバラツキがあるので、合格するために「次に何を勉強すればいいんだ?」と頭を抱えてしまい、結果として勉強をやめてしまう受験生も少なくありません。つまり、努力の方向性が見えにくい試験になっているのでは?と感じているのです。
2. 合格者・不合格者の「質」の問題
出題される論点に偏りがあるということは、特定の論点を深く勉強していなくても合格できてしまう可能性があるということです。極端な話、「簿記1級に合格したのに、収益認識をまったく知らない」という人が生まれる可能性もあるのではないでしょうか。
もちろん、理想はすべての範囲をしっかり勉強して合格することです。しかし受験者の中には、難しい論点を捨てて、いわゆる「山を張る」戦略で合格を目指す人も出てきます。
また、本来なら十分に合格レベルにある受験生が、たまたま難易度の高すぎる回に当たってしまい、不合格になってしまうこともあり得ます(むしろこっちの方が問題)。試験である以上、ある程度は仕方のないことですが、簿記1級は試験範囲の広さ、出題論点・難易度のバラつきから、その「運の要素」が強いと感じています。
簿記1級の本当の価値ってなんだろう?
そもそも、簿記1級の価値はどこにあるのでしょうか。
それは、単に合格することだけではないはずです。簿記1級の学習を通して、財務会計や原価計算、管理会計の分野について、幅広く体系的な知識を身に付けることに本質的な価値があるのだと思います。日商簿記1級の試験範囲は財務会計・管理会計を一通り網羅しており、簿記1級の勉強で身につけられる知識は本当に素晴らしいものです(特に管理会計も勉強できるのが非常にグッド。働く人全員が勉強すべきだと思う)。
だからこそ「簿記1級の合格」は、「財務・管理の知識を網羅的に身につけた証」として機能すべきです。
現在の簿記1級の価値は、「合格率が10%程度と低いこと」によって保たれている面もあるかもしれません。しかし、資格の価値は合格率の低さ(希少性)で決まるのではなく、その資格の勉強を通じて得られる知識やスキルそのものにあるべきではないでしょうか。
※ 正直、簿記1級が難しすぎる(それも運の要素が強い)が故に、世間から「簿記1級はコスパが悪い」「苦労してまで勉強する価値がない」と言われているのを目にすることも多く、僕はとても悔しいです。簿記1級で学べる内容は本当に素晴らしく、ビジネスの教養としても最高峰のものです。だからこそ、理不尽さから挑戦を敬遠されたり、価値を低く見られたりしてほしくないと思ってます。学習内容が魅力的なのだからこそ、努力が正当に報われ、その価値がもっともっと社会的に認められる試験になってほしいと心から願っています。
こんな試験制度になったら嬉しいな、と思うこと
ここまで書いてきた点を踏まえて、簿記1級が「こんな試験になったらいいな」という想いを最後に書いてみたいと思います。
1. もっと幅広い論点から、網羅的に出題してほしい
簿記3級・2級のように、特定の論点に偏らず、毎回いろいろな論点から幅広く出題してほしいです。例えば、連結会計や決算の総合問題は毎回必ず出題し、その他の個別論点もバランス良く問う形が望ましいと思います。こうなれば、受験者は何を勉強すればいいかが明確になり、学習のモチベーションも上がります。また、合格者の知識レベルを一定の水準に保つことにも繋がるはずです。
2. 難易度を安定させてほしい
回によって難易度に大きな差があると、受験者は運に左右されることになります。(ある程度傾斜配点があるとはいえ、)十分に実力がある人でも、たまたま超難関の回に当たってしまえば不合格になるかもしれません。逆に、実力がまだ足りていない人でも、比較的易しい回に当たれば合格できてしまう可能性もあります。
これでは、合格という結果が本人の実力を正しく反映しているとは言えませんし、回によっての不公平感が生まれてしまいます。毎回、一定の難易度で試験が実施されれば、受験者は自分の実力を正しく測ることができ、学習の成果が公平に評価されるようになります。
とは言っても、難易度を安定させるように作問するのは結構難しいのは重々承知してます…
なので、US CPAの試験のように、他の受験者の正答率に応じて柔軟に配点が変更されるとよいなと感じています。
※ はい、ここでいきなりUS CPAの話を持ち出しましたが、僕は最近US CPAを受験しました。受験してみての感想は、「専門家を輩出するという意味では、かなり良い設計だ」と感じました。簿記1級だけでなく、公認会計士試験もUS CPAのような試験になるといいなと思っています。
3. CBT方式を導入して、いつでも受験できるようにしてほしい
簿記1級の試験は年に2回しかありません。一度不合格になると次の挑戦は半年後になり、この待機期間は大きなロスです。
簿記3級・2級で導入されているCBT方式(コンピュータを使った試験)を1級にも導入し、受験者が好きなタイミングで受けられるようにしてほしいです。そうすれば、試験勉強に長い間縛られることなく、得た知識をすぐに実務で活かせるようになります。
簿記3級・2級でCBT方式ができるのなら、きっと簿記1級もできるはずです。もちろん出題形式は現状から大きく変える必要がありますが、これまた、US CPAのような試験形式が参考になると思います。
4. 合格率の考え方を変えてほしい
合格率を10%前後に調整するのではなく、「簿記1級合格者に必要な知識レベル」を明確に定め、その水準に達した受験者は全員合格とするべきだと思います。
その結果、質の高い受験者が多い回は合格率が20%、30%になることもあれば、その逆もあるでしょう(結果として、10%で安定するかもしれません)。合格率をコントロールするのではなく、維持すべきなのは「合格のレベル感(基準)」だと思うのです。本当は合格レベルにある人材が、運悪く不合格になって半年間足止めを食らうのは、社会的な損失であり、とてももったいないと感じます。
最後に
会計の知識は、勉強すること自体がゴールではなく、その知識をビジネスの現場で活かしてこそ、本当の価値が生まれるものです。
簿記1級の勉強を頑張り、財務・管理の知識を網羅的に学習し習得した方が、その知識をもとにビジネスの現場で活躍していく――そんな好循環を生み出せるような試験制度になっていくことを願っています。





コメント
コメント一覧 (2件)
いいお話でした、解説動画で登川先生が仰っていた作問者の意図も十分に感じた試験でした。
形式に縛られずに問題文をよく読んで、意味を考えて回答してほしいといった意図を商業も工原も感じました。
ただこれは1年に2回しかない検定試験です、私含めてこの試験のために何か月・何年も勉強してきている人たちが受ける検定なので、学んだ知識を問うことからそれ前提で応用能力を重視するものに切り替えようとしているならば、先生が書かれているような常時受験できるようにしてほしいと切に思います。
収益認識、商品売買、社債、減価償却、有価証券でないんかーい、でした。
登川先生お疲れ様です!
自分は今回2回目の受験でしたが商業簿記で足切りをしてしまい、合計点では65から67点でした。傾斜配点が無さそうなので今回は合格は厳しそうですよね。
しっかり切り替えて7月の全経簿記上級の試験頑張りたいと思います!